ゆるやかな暗さの中で

具合が悪いような気がして病院へかかる癖がある。覚えている最初の記憶は小学生の頃、夜寝ていたら胸が苦しくなったときのこと。深夜、隣で寝ている母を起こして「お母さん、胸が苦しい」と訴えた。母は迷わず車を走らせて夜間救急へ連れて行ってくれた。何が原因でそうなったのかはもう覚えていない。でもとにかく胸が苦しくて苦しくて泣きそうで、びかびかと眩しい処置室のベッドに横たわったのを覚えている。心電図の検査で使われるのと同じような線を身体に貼り付けて白い天井を見ていた。どこも悪くなかったから、お薬ももちろん貰わず帰路に就いた。

 

大丈夫に生きられる身体は持っているような気がする。風邪はよく引いたし学校も皆勤賞ではなかったけれど、大きな病気も知らずにこの歳まで生きてこられた。だけど毎日何かが不安で、不安がなく生きられた日の方が少なかったように思う。きっと気にしなくてもいいようなことばかりを気にしてしまう。間違えてしまったかもしれないさっきの仕事、電車のトイレの有無、授業でペアになってくれる子がいないかもしれないこと。そういうものに心をすり減らして毎日を生きている。

 

診断書まで書いてもらって行った大きな病院で「大丈夫ですよ」と言われたとき、もうどうしていいのかわからない気持ちになった。検査の結果は全て正常。あなたはどこも悪くない。そんなことばかりが起きる。先生が「他に気になることはないですか」と言う。外行きの顔をした私が「大丈夫です」と笑った。病院を出て浴びた光はひどく眩しかった。いつになったら大丈夫に生きていけるんだろう。この不安から逃れられるんだろう。話しかけてくる相手の声が遠ざかるような感覚。気にしすぎてしまうから聞こえないんだろうか。胃の調子が良くないんだろうか。「大丈夫ですよ」の言葉にゆるやかに絶望するのは過ぎた贅沢品だとわかっていても、消えないこの不安を飼い慣らすにはこの証明じゃたしかな処方にならない。普通には少し足りなくて、異常になるにはもっと足りない。もうどこにも解決の手段はないような気がしている。騙し騙しやっていくしかないんだろう。