光り

夢の中でしか行くことのできない本屋さんがあって、今日は久しぶりにそこへ行くことができた。日の当たらない建物の中を、螺旋階段を使ってゆっくりと上っていく。階段も壁も色はやわらかなベージュで、ここに大きな窓があってそこから西日が差し込んだらきっと綺麗だろうと思う。ふだん運動なんてほとんどしないから果てしなく続く螺旋階段は私の膝と腿にはあまりにも過酷だったけれど、目的の本の匂いと静寂がこの先に待っているのならどんな地獄だって超えてみせる。たぶんそう思いたかった。

 

学生の頃、約1時間半かけて湖の向こう側へ渡る通学をしていたことがある。家から近かったら朝起きてから30分で授業に出るなんて離れ業ができたかもしれないが、布団から起き上がるのが苦手な私にはきっとできないような気がする。学校から近くても遠くてもそんなに変わらない。始業時刻を過ぎて教室に入っても見逃してくれる授業を1限にとっていた頃、電車が通り過ぎる音を背中越しに聞きながらのんびりと構内を歩くのが好きだった。朝の太陽がきらきらと降り注いでアスファルトの地面と木々の葉をひからせる。そういえば、むかし一瞬だけ好きだった同級生の名前も”ひかり”を冠していた。

 

ひかり。私の人生に足らないもの。どこに行けば手に入るのかわからないもの。幼い頃、どこかに置いてきてそのままになったもの。暗いトンネルの中、すっと一筋が差して私を連れ出してくれるもの。そんなひとに出会ってもう5年以上が過ぎた。

 

誰のことも信じないわけじゃないけれど、誰かを本当の意味で信頼できたことはほとんどないように思う。心を開かなければ一生ひとりぼっちになるこの世界の中で、ようやく出会ったひかりがあなただった。何度もこの出会いは間違いだとさえ思った。だけど出会わなければよかったとも思えず、毎年綴る記念日の手紙は厚さを増していくばかり。昨日より明日、明日より来年。そうやって毎年気持ちはミルフィーユの層みたいに重なっていく。外出先ではミルフィーユは食べない。うまく食べられる自信がないからだ。でもそれもあなたの前でなら、少しくらいパイ生地が崩れてぐしゃぐしゃになってしまっても「これも楽しみのひとつだね」なんて笑って過ごせるような気がする。今度、カフェにでも行って夕日の落ちるのを眺めながら紅茶を飲んでみようか。