ひとり

ひとりぼっちの家の中でテレビを見ていた。誰もいないから今夜ここは私だけのパーティ会場で、誰にも見られないのをいいことに画面の向こうから流れる電波ソングに合わせて一緒に歌った。パーティ会場どころかライブ会場だ。観客も出演者もぜんぶ私。
一方で電気を消した台所がやたらと暗く感じて、いま私はここにひとりなんだなあと思った。ひとりは寂しくない。ただそれだけ。

仕事の休憩中、家族LINEを開いたら「水かけてよ」と父親から連絡が来ていた。外に植わっている花たちのことを言っている。園芸はあなたの趣味なのに、その頼み方はなんなんだろう。家族だとしてももうちょっと言い方はなかったんだろうか。昨日もその前の日も言われなくたって水はかけておいたし、その他の家事だって最低限家が回るようにやっていた。
私の性別が女だから、家政婦みたいなもんだと思ってるからそう言うんだろうか。心と身体の性別がぴったりと一致していたらこんなことは思わないんだろうか。私が女じゃなくて男だったら父親はあんな言い方をしないんだろうか。全部実際に思ったことだけど、どれも言えない。父親は私がいろんなことで悩んでいるのをあまり知らない。私が可愛くないせいもあるけれど、大きくなってからは特に放っておかれている。もう仕方がなかった。仕方がないけれど、悔しくて少しだけ泣いた。家のよりずっと綺麗な職場の個室トイレで。

もうこの世界のどこにも安寧の場所なんてないと思いがちだけど、本屋さんと無印良品の店内だけは安心できる。本屋さんではみんな本を見ているし、無印では落ち着く音楽が流れているから。仕事の帰りに無印に寄って、焼きりんごバウムとミネストローネとガパオを買った。焼きりんごバウムは初めて買ったけれど、それ以外は味を知っている。好きなものは何度も買う癖がある。

もう消えてしまいたいと思うことはたくさんあるけれど、食べ物を買うのは未来を望むことだと知っている。まだ香水もCDもこれから届く。そういうのを理由にして明日も生き延びてしまう。どれだけ文を書いても締め方はいっこうに上手くならない気がする。